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パチンコ関係の業界人が口を揃えて、厳しいと嘆く時代。
実際のところ、なにが? なぜ? 厳しいのだろうか。
ホールは売り上げが落ち込み、粗利もとれず、経営が厳しいのは理解できる。
機械の性能が変わり、ユーザーも減っているのがその理由でしょう。
その結果として、ホールが機械代に充てる資金が減って、閉店するホールもこれだけ増えているのだから必然的にメーカーも厳しくなってくる。
考えるまでもなく、厳しいのは当たり前だよね。
では、自分たちのような打ち手としては何が厳しいのだろうか。
これはシンプルに金銭的な部分がそう感じさせているところが大きいのでしょう。
『以前より勝てなくなった』、『同じ金額で遊べる時間が少なくなった』、そう感じる打ち手が増えているんじゃないかな。
たしかに勝てなくなったよね。
自分なんて勝たないと生活が成り立たない立場なので、本当に厳しくなったなと思う。
いや、現在でも普通に勝てている人はいるわけだし、パチスロが下手なだけだろ?って思われるかもしれないけど……いや、その通りなんですよ。
どう考えても、自分はパチスロが上手くないし、にもかかわらず何故こんな生活をしているんだろうってたまに思うもの。
でもね、それでもパチスロから離れようという考えにはならない。
どんなに厳しいと感じても、自分が社会に出て普通に仕事をするよりは遥かにラクだと思うし、なんだかんだで長いことやってこられているのは厳しさのなかに甘さも存在しているってことなのでしょう。
パチスロってさ、正確な知識を身につけて最低限のことをやっていれば、常勝とは言わないまでも負けないようになるくらいは、そう難しいことじゃないと思うんですよ。
その労力と収支のバランスはユーザーによって違うから、ちょっとくらい負けても良いから近場で楽しみたいとか、逆に1円でも多く勝ちたいから労力は惜しまないとか、スタイルや考え方はそれぞれでしょう。
でも、本気で勝ちたいと考えたときに、最も勝ちやすいギャンブルがパチンコ・パチスロだというのは間違いない。
古参の大御所ライターさんなどからは、パチンコ・パチスロの近未来像として運の要素を大幅に高めて純粋なギャンブルのように変えていくべきといった意見も聞かれる。
ただ、それではおそらく現状を打破することができないばかりか、パチンコ・パチスロという文化を終わらせてしまうことになりかねないだろう。
やはり技術介入があるからこその遊技機であり、やりようによって勝つ(可能性を高める)ことができるのがパチンコ・パチスロの美点なのだ。
何よりも、純粋なギャンブルになってしまったら公営ギャンブルに勝てないでしょ。
いや、ギャンブルとしての楽しさはパチンコ・パチスロのほうが上だからと考える人は少なからずいるだろうし、自分だってそうだ。
だけど、同じ土俵で勝負したらどう考えたって分が悪いでしょうよ。
事実、公営ギャンブルの売り上げは右肩上がりで伸びているし、家にいながらでは遊べないというデメリットのあるパチンコ・パチスロはそれじゃダメなのだろう。
わざわざホールに足を運んでもらうには、やはり勝てる気にさせないとね。
現状、ホールや一般ユーザーにとっては専業なんて害悪でしかないでしょう。
でも、裏を返せば専業がいるということは、まだパチンコ・パチスロが勝てるという証拠でもあるよね。
特にパチスロが下手な自分が生き残っているうちは、なんとかなるということ。
逆に言えば、自分のようなレベルの人間が勝てなくなったとしたら、それこそ本当に専業しか勝てない時代になってしまう。
まぁ、そうなったら終わりだよね。
というわけで、一般ユーザーでも勝てる余地があるんだということを証明しつづける為に、今年もなんとか生き残らなければ。
ただ、自分の弱点はパチスロが下手なことよりも必要以上に頑張れないことなので、その辺りを改善していくことが今年の抱負かな。
しのけんさんとかサチィとか、全身全霊でパチスロに向かい合っている人のことは本当に尊敬する。
でも、真似はできないというか、自分があの生活をしたらおそらく身体を壊すよね…。
とにかく、ですよ。
今年の終わりに『厳しいながらもなんとかなって良かった』、そう言いながら美味しくお酒が呑めるように頑張っていきますか。
この原稿を書いている時点(12日夜)で、今年の収支がマイナスなのはいささか不安ではありますけども…。


