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最近、U-NEXTでキングダムを観ています。
ずっと前に単行本で途中まで読んでいたのですが、引っ越しを繰り返す中でいつしか読むタイミングを失ってしまっていたので動画で観ようとなりました。
ジャッキーチェンの映画を観たあとは、皆が拳法の達人になった錯覚に陥るように、今回はキングダムを観ている最中の僕がパチンコの歴史を振り返って書いてみます。
妄想と個人の主観が多分に入っております。ではでは。
時は2011年、15年前の時代に遡る。
正式名称は「CRびっくりぱちんこ銭形平次withチームZ」パチンコの歴史を変える機種が世の中に放たれることとなる。京楽は「捻り打ち」という概念を世に広めた戦犯である。
捻り打ちというものがクローズアップされていなければ、釘調整は今よりもマシだっただろうし、出禁になる者も出玉を没収される者も減少していたと思う。
あの時代、パチンコの技術介入が落とした影は業界にとっても俺にとっても大きな分岐点だったと回想する。
そして捻り打ちは当時に比べればゴミ程度の恩恵であるにもかかわらず、後世に広く受け継がれていくものとなっている。
時は同じくして、軍団のSNSでの露出が多くなりパチンコは暗黒の時代へと、より一層の拍車をかけることとなるのである。
パチンコは計算と技術介入で勝てる。だから人数で攻めればもっと勝てる。そんな風潮が強くなっていった。
そのことによって勝つ者と負ける者のバランスが見合わなくなって、店がプロを飼うことができなくなっていったのだ。
個人的にはこの時代は大当たりが右打ち機種でのアタッカーを捻っていたくらい。サポに合わせた捻り打ちの存在を知ったのは愛知に滞在している時で、機種はCR水戸黄門だった。
俺が初めて目撃したのはサポに合わせて右で捻り、インターバルで左にも玉を飛ばす完全バージョンで、しかもそれは驚くほど精度の高いものだった。
後ろを通りがかった刹那15秒ほどの光景、その時の映像は今でも目に焼き付いている。
俺の常識を超越したその光景は、まるで魔法を見せられているかのようだった。玉を打つというよりは玉を操るといった表現の方がしっくりくる。
これほどレベルの高い捻り打ちを早い段階で、そして肉眼で見られたことは奇跡だったとしか言いようがない。

