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適当打Z#1「素晴らしき竜の王国」

2020.07.24

こんにちは、きらら紫苑です
 
このコラムは、#0「ごあいさつ」でもお話した通り、懐かしい台と当時のエピソードを
織り交ぜながらご紹介するハートウォーミングストーリー(謎)です。
 
さて、第一回目は、何にしようかしらね 
(き゚Д゚) ううむ
 
と、三日三晩考えた末 この台にしました。
 
 
「ブラボーキングダム」
メーカー 平和
発売年  1992年
大当たり確率 1/225
 
 
私と同世代、1990年前半からパチンコを打っている方々にしてみたら、
「やはりこれか」と思われるかもしれません
 
そうです、やはりこれなのです。
 
しかし、実際のホールにて打っていた期間は、そんなに長くありません。
2か月あったかどうかの短い間であったと思います。
 
「やはりこれか」と思われた方々もそんな感じだと思います。
では、なぜこの短い期間しか打っていない台が一番の思い出となったのか。
 
その最も大きい要因は、攻略法の存在でしょう。
 
ブラボーキングダムの攻略法とは当時、某パチンコ雑誌のスクープにより発覚した、「永久連荘打法」。
 
その仕組みを簡単に説明すると、基本仕様として
(1)1/225の大当たり確率が1/25のブロック9個に分かれており、そのうち1個のブロックに大当たりが入っている
(2)ブロックは保留ランプ3個目が点灯して、リーチが掛かった時に1つ移動
(3)保留ランプ4つ目が点灯して、リーチが掛かった時には、ランダムにブロック移動する
 
つまり大当たりのブロックにいれば1/25の確率で当たり続けるわけなので
 
(1)通常時は、保留ランプを2個以内でリーチをかける
(2)何回かリーチをかけて当たらなければ、別のブロックに移動させるために保留3つ以上でリーチをかける
(3)上記を繰り返し、大当たりを引いたら、大当たり後の保留消化でリーチが掛からないことを祈る(別のブロックにいってしまう可能性があるため これ重要)
(4)無事、リーチが掛からなければ、そのブロックから移動しないようにするため、保留ランプを2個以下にしてプレイする
 
と、いうものでした。
 
衝撃的でしたね、うん衝撃的でした。
今までにないくらい簡単な攻略法ですからね。
(当時のその他の台の攻略法の云々の事の経緯は又の機会に)
 
そりゃ行きますよね、ええ行きますよ。
 
このころの私は自宅が千葉、学校が東京都ということで、主に千葉県と東京都の境目(所謂 総武線沿線)あたりで打っていました。
 
今と違い、インターネットが無い為、パチンコの情報は雑誌から得るものが多かった時代。
情報が伝わる速度は遅く、堂々と雑誌に出た後も、ホール側の対応はバラバラ。
 
設置台の情報もP-WORLDなど当然ないので1件ごとに回る日々。
(と、いっても設置台数が比較的多かったので、あまり苦労した思い出はないですが)
 
出ましたね、うん出ました。
ほんとうに出た(と、いうか出した)という記憶しかないんです。
 
それは、私だけに限ったことではなく老若男女、それこそ台枠叩けば魚群が出てくると思っている爺さん婆さん(って書いたけど海物語がでるのはもっとずっと後だ)までもがやり始めた為、さすがにホール側も対策をし始めました。
 
主な対策としては、基盤を入れ替えたり(この時点で違法だが)、一部のコネクタを抜いたり、アース抜いたりする対策がとられましたが、中には攻略法を知りながら客付きを考え対策を取らない店もありました。
 
でも、そのように対策をしないお店は、元々スタートチャッカーのところの釘(ヘソ)に球が挟まるほど釘が締まっており(本当)そもそもの初当たりを引くのに苦労する(保留が3つ以上つかないのではずれゾーンにいたらそこに居続けることになる)状況でした。
 
そんな中で最も印象に残っている出来事、それは、東京の錦糸町にあった「Uセンター」で打っていた時のこと。
 
その日は、開店から500円で大当たりを引き(朝一から天国モードにいたもよう)順調に出玉を伸ばしていました。
 
お昼前までには10箱(5万円弱)は、出ていたと思います。
 
今日もバリバリですな
(き´ ∀`)y━~~ハハハ
 
その店は、とてもおおらかな店で、普通に攻略法をみんなでやっているようなお店でした(おおらかで片付けていいのか)。
 
そんな中で一人だけ、攻略法をしていないおじさん(推定67歳 前歯なし)がいました。
 
そのおじさんはリーチの度に鍵穴を押さえながら、わけの分からない呪文を唱えるという当時どこのホールでもよく見かける、ごく普通のおじさんでした。
 
しかし実は、このおじさんが・・・
 
 
おっと、時間が来たようですね
この続きは、#2にて。  
 
 
 きらら紫苑でした。

この記事を書いたライター

きらら紫苑

人にはそれぞれ歴史があり、パチンコ・パチスロにもまた歴史がある。名機と呼ばれるパチンコ・パチスロは数あれど、打ち手によってその記憶は何色にも変わる