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一筆申し上げます。
依然として、良い子であるというスタンスを崩しはしません。
みんな大好き! さちこでございます。
今回は、「パチスロの楽しさを伝えたい!」ということではありません。
あたしは「世間サマ」から忌み嫌われるモノを慈しむ傾向がありまして、ある種のメンヘラというモノでもあります。
「大丈夫、あたしだけは味方だから」
そのような自分+シチュエーションに酔っている節もあります。
さて、世間サマから忌み嫌われる存在であるパチンコ。そのパチンコ内でも嫌われているような風潮にある「遊タイム」を、今宵あたしは愛そうかと思います。
最近、コラムなどでよく見るのが「遊タイム不要論」です。
しかしながら、一概に「遊タイム不要」を掲げているのは、どうかと思います。
だって、遊タイムは今までなかったパチンコの天井のような役割をしていて、最大950回転回せば、ほぼほぼ大当たりをくれる時短が発動するのです。
どんなにヒドイ釘(12個くらい?)でも、8万円あれば当たるのです。
300回転くらいハマっていれば、15個の釘でも4万円で当たってしまいます。
「パチンコは天井がないからコワイ」
と、ライトミドル以上の台には近付けなかったあたしには、たいそう嬉しい機能なのです。
なのに何故、「不要論」が横行するのか。
その理由は以下の3つが挙げられます。

