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7号営業の人々#1「紆余曲折を経て趣味が仕事に」

2022.08.22

風営法、もしくは風適法で2016年までは7号営業に分類されていたパチンコ・パチスロ業界。そこに出入りするようになってそろそろ30年になろうかというフリーライターの筆者が、これまでに出会った人たちにまつわる思い出を語る。世話になった人、ヤバイ人、ムカつく人など、個人的な好き嫌いも含めた極私的回顧録――
 
 
 
パチンコとパチスロ、後は単車とバイトが中心だった5年間の学生生活も、なんとか留年せずに満了。
 
理系の学校なのに微分積分をまったく理解できなかった筆者としては就職口を選べるはずもなく、上京したいという動機だけで適当な会社に入社することに。
 
やりたい仕事とは若干のズレもあり、また世間がバブル景気で浮かれていても業種的にまるで縁は無し。
それでもそこでアセンブラなんていう極めて地味なプログラムをかじったことで、後々につながるんだから不思議なものです。
 
就職した会社は2年半で退社、学生生活同様に寮生活だったために退社で住むところも失ってしまいましたが、そこはなんとか居候することに成功。
ついでにメシも食わせて貰えるというラッキーな環境で、一般的にはヒモじゃないかと呼ばれるものの、バンドマンだからそれでいいんだという甘い考えで、適当に音楽活動(ただしゴリゴリのパンクで売れる見込みは一切なし)をしつつの数年間。
 
一応バイトもやっていましたが、今と違って30年以上前の金髪は職探しも実に大変で。
夜勤ならなんとか見つかるものの、夜勤明けは当然のようにホールへGOとなってしまうんですよね。そりゃ借金も抱えますよ。
 
20代半ばになり、バンドもひと段落。
そろそろちゃんと仕事をしなければというところでアタックしたのは、今の若い人にもそういう方はいるかと思いますが、パチンコやパチスロのメーカーでした。
 
以前の会社でプログラムを少々かじっていたし、それなら作ってみたいと考えるのは自然の流れ。
髪の毛も黒く染め直して数社の面接に臨みましたが、何が悪かったのか結果は全滅。
 
受けた数社は今では全て現存しておらず、筆者を採用しておけばそんなことにはならなかったのにとも思いますが、もし入社できていてもきっと同じ運命だったのかなと。
 
ただ運良く、メーカーではないものの立ち上げたばかりの開発会社に潜り込むことに成功。
まだ何の実績もなかったものの、そこのM社長は元々ゲームの開発をしていた人。
今ではメーカーの外注として映像関連や、時にはメイン周りの仕事をしているのもゲーム開発会社だったりしますから、もしかしたらそんな流れの先駆けだったのかもしれません。
 
ただ、M社長が手がけていたゲームはファミコン的な健全なものではなく、怪しい喫茶店に設置されているようなポーカーだったり麻雀だったり。
要は限りなく黒に近い、ギャンブル前提のゲームばかり。
 
パチスロメーカーのいくつかもそんな立ち位置からスタートしていただけに、そちら方面の人脈があったんでしょう。
会社がパチンコ・パチスロ関連が集まる上野にあったのもそんな理由からと今になっては思いますが、メーカーや業者など色々な人が出入りしていました。
 
後に筆者にとっての恩人になるN社長もその一人でしたけど、これについてはまた次回。
 
さて、無事にメーカーではないものの業界に近いところで働き出し、まずは勉強としてパチスロ2号機のヒット機種を見よう見まねで解析することに。
 
これで初めてパチスロにおける抽選の流れを見て、こんなに単純だったのかと、こんなガラガラみたいなシンプルなクジにこれまで一喜一憂させられ借金まで抱えさせられたのかということに驚かされます。
連チャンするのもハマるのも、結局はヒキ次第なんだなと…。
 
まだ無垢だった筆者はそう納得しますが、さらにいくつかの機種を解析しているうちにどうにもこうにも釈然としない。
さらに資料であった色々な攻略誌、30年位前から解析を目玉記事にしていたものを見ると、どうやらパチスロには違法に改造された裏モノが多いんだと。
それで自分でちょっとプログラムを改造してみたら、面白いくらいに連チャンするようになり、つまりはこれだったのかと納得。
 
そしてM社長のところに出入りしていた怪しい業者は、きっと仕事として裏モノを頼んでいたのかもしれないとも思うように。
入社して数ヶ月経ってもメーカーからの仕事はないのに会社が回っていたのは、そういう理由もあったのかもしれません。
 
ただ、それだけではやはり厳しいのか、パチスロ関係ではなくゲーム(健全な)の仕事がいつの間にか中心になっていきました。
それじゃあ筆者として続ける理由はなく、ほどなくして退社。
これまでバイトも含め、仕事が長続きしないロクデナシまっしぐら生活の継続です。
 
だからこそ今の仕事がこれほど長く続くとは、今でも不思議で仕方ありません。
ちなみにその開発会社は4号機の頃に大ヒット機種を送り出しましたが、M社長はそのタイミングでメーカーに会社を売って今は悠々自適の生活を送っているそうです。

この記事を書いたライター

宇惨臭蔵 aka キム・ラモーン

パチスロの0号機時代より業界の変遷を見守り続けてきた古参ライター。地道な取材活動をライフワークとしているが、あえて封印してきた禁忌のネタも少なくない。業界騒然!? パンドラの箱がついに開かれる!!