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7号営業の人々#6「流れの釘師が活躍していた頃」

2023.01.22

風営法、もしくは風適法で2016年までは7号営業に分類されていたパチンコ・パチスロ業界。そこに出入りするようになってそろそろ30年になろうかというフリーライターの筆者が、これまでに出会った人たちにまつわる思い出を語る。世話になった人、ヤバイ人、ムカつく人など、個人的な好き嫌いも含めた極私的回顧録――

 

 

 

引き続き、筆者にとっての大恩人であるN社長にお世話になっていた頃の話。

 

年代的には30年くらい前(あくまで「くらい」でうろ覚えであります)、パチンコは連チャンデジパチからCR機に移る頃、パチスロは4号機初期という感じでしょうか。

 

その頃の業界は実に活気があって、その大きな理由がホールの新規オープンが相次いでいたから。

ライター稼業の傍ら、N社長の販社の手伝いをしていた筆者も、それなりに忙しくしておりました。

 

そして取引のあるホールが新しく出店する場合には、主に担当していたパチスロの納品から設置と、現場に出かけて作業をしたり。

特に思い出深いのは4号機初期のニューパルサーで、担当した某ホールではパチスロ全てをニューパルサーで揃えるということがありました。

 

今は色々な機種を少しずつというのが主流になっていますが、当時は種類は少ないけどひとつひとつの機種はある程度の台数を揃えておくのが一般的。

少なくとも島の1列は同じ機種で揃えるのが普通だったりして、途中で別の機種になったりすると島を割っただなんて悪いイメージにもなっていました。

 

そしてパチスロの台数が少なければ少数精鋭とばかりにひとつの機種だけで勝負することも珍しくはなく、前述の某ホールでは60台くらいのパチスロコーナーを人気ナンバーワンだったニューパルサーで統一した次第。

 

その頃の新店グランドオープンとくれば、パチスロはモーニングというものが当たり前。

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