風営法、もしくは風適法で2016年までは7号営業に分類されていたパチンコ・パチスロ業界。そこに出入りするようになってそろそろ30年になろうかというフリーライターの筆者が、これまでに出会った人たちにまつわる思い出を語る。世話になった人、ヤバイ人、ムカつく人など、個人的な好き嫌いも含めた極私的回顧録――
筆者がパチンコ・パチスロ関連の会社が集まる上野村に出入りするようになって、約30年。
最初は販社だったN社長のところにお世話になっていたのは、これまでのコラムで書いたとおり。
今回を含め、後1回でN社長シリーズを完結する予定(あくまで予定)ですが、今回はちょっと趣向を変えて上野村の飲食店話でも。
とはいえ、そのほとんどが上野村が長いN社長に教えてもらったのは言うまでもなく、30年も経つと当時から残っている店は極めて少なくなりました。
まずは業界関係者御用達の喫茶店であるBという店。
事務所を持たないブローカー的な人種が長時間居座りながら仕事をしていることでも有名で、でも周りが業界関係者ばかりだからあまり突っ込んだ話ははばかられるという(笑)。
筆者もN社長の事務所が諸般の事情(以前の話を読んでください)でなくなってからはしばらく根城にしていましたけど、居心地が良いんだか悪いんだか不思議な環境でした。
そのBという喫茶店はかなり昔になくなってしまいましたが、同じくらい通っていたし、今でも通っているのが、これは実名で差し支えないと思いますが、ベアという洋食屋。