パチンコ・パチスロの動画、
情報配信メディア「パチクラウド」

パチクラウド

Stay Gold#20「端数な思い【短編小説】」

2024.01.19

さっき会ったばかりの見ず知らずの女を車の助手席に乗せたのは生まれて初めてだった。
なぜこうなったのか僕も分からない。
 
「ねぇ、お兄さん」
「は、はい」
「これさ、どっち方面に向かってる?」
「千葉の幕張方面ですけど」
「マジ? 海って言ったら普通は湘南じゃん」
「普通⁉」
「うん、普通だよ」
 
僕はナビを入れるためにコンビニの駐車場に停車した。
 
「あのさ、ナビ入れなくても私が分かるから。早く出して」
 
本当にこの女は何者なんだ? 言われるがまま僕はハンドルを握る。
少し前、そう、ほんの30分前まで、僕はパチンコのハンドルを握っていた。
 
【30分前】
僕は会社の新人研修を終えてパチンコ屋に入った。
21時を過ぎてパチンコ屋に入る客なんて、店からしたら鴨がネギを背負ってくるようなものだろう。
ただ、何でもいい、何でもいいから、何も考えずにパチンコが打ちたかった。
 
席に座り、サンドに5千円札を入れる。何度お金を入れてもサンドから戻ってきてしまう。
「とうとうサンドにまで嫌われたか」
絵に描いたようなため息が漏れる。
 
今日は入社前研修の最終日だった。結論を言うと全てが上手くいかなかった。
同期のメンバーは同い年とは思えないくらいのコミュニケーション能力を持ち合わせていて、全ての課題をそつなくこなしていた。
僕は何をやってもダメだった。グループワークで書記すらできない僕は同期からも嫌われただろう。
 
やっとサンドに入った5千円札に少し安堵しつつ、僕はタバコを咥えた。
ただ、ライターがない。ダメな日というのはとことんついていないようだ。
 
すると左隣の席から派手目なネイルの手が僕の目の前に現れた。その手にはライターが握られていた。
僕は戸惑いつつもそのライターを受け取り、隣の客に会釈する。
「明日から…」
「はい?」
周りの音で彼女の声がかき消される。
 
彼女はおもむろに、ドリンクホルダーの下に書かれた注意書きを指差す。
そこには「2020年4月1日より全席禁煙」と書いてあった。
 
そうか、明日から席でタバコが吸えなくなるのか。
最近はタバコが吸える場所が極端に少なくなってきて、パチンコ屋にきているのもタバコが吸えるからと言っても過言ではなかった。
「これはしばらくパチンコ屋にこなくなるな」図柄が規則的に流れる液晶画面を見ながら、そんなことを思った。
 
「私はタバコ辞めないですけどね」
僕はハッとして隣の席の彼女を見た。僕と同い年くらいのキャバ嬢のような…。
というか水商売をやっていて、パチンコ屋にセカンドバックを持っている日焼けした彼氏ときていそうな子だった。
 
「お兄さん、ずいぶん強いタバコ吸ってるね。これはお兄さんも禁煙できないよ」と言って彼女は無邪気に笑った。
 
「あぁ、これ」
僕は彼女の吸っているタバコにも目をやる。アメリカンスピリット…。
「お姉さんも女性では珍しいタバコを吸ってるんですね」
「これですか? だってアメスピの広告に【タバコは農業だ】って書いてあるじゃないですか。だからこれは健康食品を食べてるようなもんですよ」
突拍子もない発言に僕は吹き出した。
そういえばここ最近、笑っていなかった自分にも気がついた。
 
自然と女性と話している自分に驚きつつ、いつ怖い彼氏がこないかビクビクもした。
すると彼女の台でリーチがかかった。
「お兄さん、この魚群でもし当たったら。今から海を見に行きませんか?」
「はい⁉」
「ほら、止まるよ」
彼女の台に目をやると、ゆっくりとサメの図柄が一直線に止まった。
彼女の顔がマリンちゃんの満面の笑みと同じような笑顔になっていたことが印象的だった。
 
パチンコ屋では自然に話せていたのに車の中では運転に集中しているせいもあり、うまく話せない。気まずい空気が車内に流れる。
「お兄さんさぁ、就活生?」
横浜のランドマークタワーを過ぎたあたりで、彼女は口を開く。
 
「最近まで就活生だったんですが、明日…というかあと1時間後の4月1日からサラリーマンになります」
「そうか、じゃあ大学生だったんだね。偉いなぁ、大学生。私は大学も途中で辞めちゃったからさ」
「そうなんですか」
一拍の沈黙の後、彼女が口を開く。
「普通さ、自分が職業とか聞かれたらあなたも同じ質問するでしょ。コミュニケーション能力ないね」
「すいません、お姉さんは何をやられてる方ですか?」
「私? 私は戦場カメラマンよ」
「…」
「場を和ますために、ボケたんだから愛想笑いでもしてよ。私はキャバ嬢よ」
「なるほど」
「なるほどって何よ」
「なんて言うか、そうだろうなって思いました」
「そんなにキャバ嬢に見える?」
「えぇ、もろに。さっきパチンコ屋で話してる時、いつ怖い彼氏が横から出てくるんだろうとビクビクしてました」
「何それ、超ウケるんだけど」
パチンコ屋の店内より明るい声で彼女が笑った。
 
下道で湘南までってこんなに時間がかかるのかと思いつつ、僕は時計に目をやった。
すると急に「止めて!!」と彼女が言い出し、僕は反射的にブレーキを踏んだ。
「えっと…どうしましたか?」
「ここ、私のマンションだから」
「はい⁉」
「今日はありがとね、なんか久しぶりにお客さんじゃない人と話せて楽しかった。これ私のLINEだから登録しといてね、じゃあまたね」
そう言って彼女は海沿いの小洒落たマンションに入っていった。
 
嵐のように彼女は過ぎ去って行った。
海を見に行くのはどうした? まさか、ただの黒服の送迎役に使われただけ?
ただ、何故だろう、嵐が心の鬱憤を全て取り除いてくれた感覚だった。
 
帰りの車内には彼女が付けていた少し大人びた甘い匂いの香水の香りが残っていた。
 
【1時間半前】
なかなか当たらないから、そろそろ帰ろうかな。
嘘の体調不良で仕事のキャンセルの電話をしたのにパチンコを打っているという罪悪感に苛まれていた。
 
すると彼が店に入ってきた。あの優しい彼だ。
彼は私の隣に座ると5千円札をサンドに入れた。
だけど何度も返ってきちゃって、その姿が面白くて、私笑っちゃった。
 
そして次はタバコに火をつけようとしているのに、ライターが見つからないのか色んなポケットをひっくり返して床に物を落としたりして…。
それを見ていたら既に3万円も負けているのにどうでも良くなって、気づいたら私のライターを彼に差し出していた。
それが彼に触れた初めての瞬間だった。
 
彼は不思議そうに私を見て会釈した。
私も自分のとっさの行動に驚いて何とか話そうとしたけど、緊張で大きい声が出せなかった。
店内もうるさかったから、彼は私に顔を近づけてちゃんと私の声を聞いてくれていた。
 
私は何度も彼を見てきた。
初めて見たのは知らないお客さんが箱に詰めていたメダルを床にぶちまけた時だ。
 
みんな嫌そうな顔をしていたけど、彼だけ一緒に拾ってあげているのを見たの。
あの日以来、お店にくると彼を探しちゃうの。
いつもお爺ちゃんとかお婆ちゃんのジャグラーの目押しをしてあげているの。
いつも店員さんに「ありがとう」って挨拶しているの。
いつも彼が帰る時は自分が打った台を掃除して帰るの。
水商売をしているとね、優しい人が少ないなって思うの。
みんな優しいけど、上辺だけなの。
本当に優しい人がいないなって思うの。
私ね、彼と話せたことが嬉しくて舞い上がって、よく分からないことを言って彼の車の助手席に乗ったの。
でもね、本当に何を話していいか分からなくて一緒に海を見に行くはずが、頭が真っ白で途中で「降ろして!!」なんて言っちゃって。
でも、本当に何を話していいか分からなかったの。
絶対に嫌われちゃったよね。
 
玄関の鍵を閉め、私はうなだれる。
本当に優しくされたのって久しぶりだから。
 
【1年後】
仕事にも慣れてきた、怒られることはあるが何とかうまくいっている。
自分の席でタバコは吸えなくなったが、パチンコ屋には相変わらず通っている。
 
何も考えたくない時にぼーっとパチンコを打つのが結構好きだ。
社会人になると学生の時よりも考えることが多い。
仕事帰りのサラリーマンがパチンコ屋にくる理由も自分がサラリーマンになってやっと分かった。
 
もう今日は当たりそうにない、そろそろ帰ろうか。
「お客さま、小景品1枚と端数が211玉ございます」
「そしたら、ヤクルト1本と…アメリカンスピリットを1箱ください」

この記事を書いたライター

とーなか

たまにギャグコラムをTwitterに公開してふざけているように見えるが、普通の会社員。ホールを分析・攻略するのが日課