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一寸先は闇と言いますが、一筋の光明なんて言葉もあります。
まさかこのようなことになるとは…。
人生わからないものですね!
私は20代の頃、美容師として地元に根を下ろし、日々のトレーニングに時々5号機の交響詩編エウレカセブンに全ツッパという毎日でした。
目標のスタイリストとなってそこそこ充実していましたが、パチスロの結果は悲惨そのもの。あの頃は借金もしていましたね、確か。ははは。
学生時代にパチスロを覚え、4号機でわかりやすくのめり込みつつも、地に足をつけて歩けという両親の教えもあり就職はしました。
しかし、パチスロを打ちたくてモヤモヤしていたのも事実。
その後、天啓が降りてきて突然すぎるギアチェンジの結果、パチスロライター…ではなく(正確には受からなかった)、自動車やオートバイ、サブカルをメインで扱う出版社に就職するため上京。
出版業界に織田信長張りの覇を唱えましたが、乗車率が毎日200%という明智光秀もビックリの無慈悲な東京名物満員電車を前にあっさり陥落、辞めてしまいました。
すまん、上京前のキラキラしていた私。
さて、どうしたものかね?
まぁ考えても仕方がないので、前田慶次のように色町でキセル片手に月見酒などと思っていましたが、残念ながら文無し。
身分の差を呪いつつ、数ヶ月ほどスキマバイトをしながら毎日トキオデラックスで日銭を稼ぎ、スマホで今後の人生を模索していたら現在の仕事の募集を見つけたわけです。
当時は32歳(よく受けたな…)。
まだまだ始められる年齢ではありましたが、面接で会ったメンツは皆10代後半〜20代前半であり、誰だこのオッサンは?といった若者独特の鋭い視線を感じておりました。
その後に演者候補生たちがお手本のような押し問答を繰り返している中、私は他の誰よりも上手になって稼ぎたい、成り上がって業界を代表するライターになりたいなど皆無。好きなパチンコ(パチスロ)で飯が食えればいうことなし、毎日パチスロを打ってバスタブに一万円を敷き詰めて両手に女子を抱きながら葉巻を吸えたらいいなぁくらいで話していた記憶があります(当時の私は32歳の無職)。
それがどう転んだのか、合格ですよ。
ただ、俯瞰で見ると怖いですね。もし落ちていたらどうしていたのか…と。
あれから8年。

