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風営法、もしくは風適法で2016年までは7号営業に分類されていたパチンコ・パチスロ業界。そこに出入りするようになってそろそろ30年になろうかというフリーライターの筆者が、これまでに出会った人たちにまつわる思い出を語る。世話になった人、ヤバイ人、ムカつく人など、個人的な好き嫌いも含めた極私的回顧録――
20代半ばでフリーターという名のプー生活からパチスロ開発受託会社に潜り込み、パチスロってどういうものかをあくまで概要ではあるが理解した(つもり)の筆者。
当時は2号機時代、ATもSTもサブ基板もない時代で、現代パチスロとはかなりの違いがありましたが、それでもベースとなるものは同じ。今でもその頃の知識は、きっと活かされていると思います。
ただ、業務的にゲームの下請け開発がメインになったこともあって、前回の本稿で紹介したM社長には世話になったものの1年ほどで退社。
再びフリーター生活になるかと思ったところ、筆者を拾ってくれたのがM社長のところに顔を出していた機械屋のN社長でした。
古くからの業界関係者が機械屋と呼ぶ、パチンコ・パチスロの販売業者。
メーカーとホールの間に位置し、機械選定や営業面の助言などコンサルタント的な役割も担う業者の多くは東京の上野に事務所を構えており、N社長もそんな上野村の住人でした。
老舗の機械屋に勤め、独立しようかというタイミングで筆者に「せっかくなら一緒に」、と声をかけていただいたのがきっかけでお手伝いをすることに。
担当していたホールのいくつかを円満に客として引き継いで独立したN社長は、ホールのお偉いさんとの太い人間関係で営業面はバッチリながらも、実はパチンコやパチスロにあまり詳しくなかったり。
社長レベルだと実はそういう人が多かったりして、機械面は現場の担当者に一任している機械屋も少なくありません。
その担当者として筆者に働いてほしいということで、こちらとしては願ったりかなったりです。
メーカーのショールームを回って機種選定をしたり、販売先のホールに行って機械を設置したりと、それでいて営業面は基本的にノータッチですから時間は融通が利きまくり。

