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7号営業の人々#10「雑誌を作る仕事に魅せられて」

2023.05.22

風営法、もしくは風適法で2016年までは7号営業に分類されていたパチンコ・パチスロ業界。そこに出入りするようになってそろそろ30年になろうかというフリーライターの筆者が、これまでに出会った人たちにまつわる思い出を語る。世話になった人、ヤバイ人、ムカつく人など、個人的な好き嫌いも含めた極私的回顧録――

 

 

 

これまで長々と、筆者にとってパチンコ・パチスロ業界における大恩人であるN社長の仕事を手伝っていた時の話を続けてきました。

そしてそこで出会った人々の話を書いてきましたが、今でも付き合いのある人もいれば、業界から足を洗った人や音信普通になった人と、その行く末は様々。

その中には書くことがはばかられるような不幸な結末になってしまった人もいますし、別業界で大成功した人もいますが、とりあえずこの頃の話は一段択。

 

筆者の年齢的には20代後半から30代前半くらい、パチンコは連チャン機からCR機に移り変わり、パチスロは3号機の後半から4号機が出回り始めたくらいでした。

 

さて今回は、純粋な意味ではパチンコ・パチスロ業界とは別業種のお話です。

といってもパチンコ・パチスロがなければ成り立たない、攻略誌(もしくはファン向け雑誌)ですね。

 

N社長のところを手伝う以前から筆者はライターという仕事を始めておりまして、それは今でも細々と継続して約30年。まさかこんなにも続くとは思いもしませんでしたし、いつでもヤメられるように、また食えなくなった時のことを考えて色々な仕事に手を出したものの、結局はライターが本業のまま。

 

そのきっかけになったのは#1「紆余曲折を経て趣味が仕事に」で書かせていただいたM社長のところの仕事で、そもそもパチスロの開発者を目指していたのが、なぜか某攻略誌の編集部に紛れ込むことになってしまったわけです。

 

30年ほど前はコンビニで手軽に買えて、なおかつ500円でおつりが出るような攻略誌に本当の攻略法が乗っていた時代。

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