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7号営業の人々#11「30年前、そこにはパラダイスが」

2023.06.22

風営法、もしくは風適法で2016年までは7号営業に分類されていたパチンコ・パチスロ業界。そこに出入りするようになってそろそろ30年になろうかというフリーライターの筆者が、これまでに出会った人たちにまつわる思い出を語る。世話になった人、ヤバイ人、ムカつく人など、個人的な好き嫌いも含めた極私的回顧録――

 

 

 

私事ではありますが、6月頭から沖縄へ遊びに行っておりました。

飲みながら友人に「釣りしたいね」と何気なく話したら、翌日に電話がかかってきて「沖縄、飛行機と宿を取ったから」というワケが分からない経緯でしたが、釣り船をチャーターして沖縄の海に12時間。

潮が悪く本命のミーバイは釣れず、ミーバイの餌用であるグルクンだけという釣果でしたが、まあ楽しかったので良しとしましょう。

改めてミーバイ、そしてあわよくば松方弘樹みたいにカジキマグロを釣るために沖縄へ行かなければ!

 

思い返せば、初めて沖縄へ行ったのは30年ほど前のこと。

某攻略誌の編集部を辞めてダラダラとパチプロの真似事をしていた時、編集部で仲良くさせていただいていたH君(前回の本稿参照)に「沖スロでも打ちに行かない?」と誘われたのがきっかけでした。

 

当時はインターネットなんてものはなく、情報源といえば攻略誌くらいなもの。

その中に僅かではありますが在籍していたこともあって、沖スロの噂も多少は耳に入っていました。

 

今でこそメジャーな存在の沖スロ、沖縄仕様のパチスロであるというのはパチスロファンなら誰もが知ることでありますが、その当時は本土の人間にとってはかなり謎の存在。

まず、メダルがデカい。これは米統治化で流通していた25セントコインの名残だなんて言われていますが、少なくともそれだけでロマンを掻き立てられます。

 

さらにボーナスが1Gで連チャンするとか、決まったゲーム数がボーナスのチャンスだとか、モナコ号なんてスペシャルな基板があるとか、本土のパチスロには多少詳しい自負があっただけに探究心をくすぐられます。

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